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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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【源氏物語86 第六帖 末摘花6】源氏は常陸宮の女王に手紙を送るが返事はない。訪ねる者のいない草深い女王の屋敷に出入りする者はなかった。

【古文】

秋のころほひ、静かに思しつづけて、

かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ、

恋しう思し出でらるるままに、

常陸宮にはしばしば聞こえたまへど、

なほおぼつかなうのみあれば、世づかず、

心やましう、負けては止まじの御心さへ添ひて、

命婦を責めたまふ。

 

「いかなるやうぞ。いとかかる事こそ、まだ知らね」

と、いとものしと思ひてのたまへば、いとほしと思ひて、

「もて離れて、似げなき御事とも、

 おもむけはべらず。

 ただ、おほかたの御ものづつみのわりなきに、

 手をえさし出でたまはぬとなむ見たまふる」

と聞こゆれば、

「それこそは世づかぬ事なれ。

 物思ひ知るまじきほど、

 独り身をえ心にまかせぬほどこそ、ことわりなれ、

 何事も思ひしづまりたまへらむ、と思ふこそ。

 そこはかとなく、つれづれに心細うのみおぼゆるを、

 同じ心に答へたまはむは、願ひかなふ心地なむすべき。

 何やかやと、世づける筋ならで、

 その荒れたる簀子にたたずままほしきなり。

 いとうたて心得ぬ心地するを、かの御許しなくとも、

 たばかれかし。

 心苛られし、うたてあるもてなしには、よもあらじ」

 など、語らひたまふ。

 

なほ世にある人のありさまを、

おほかたなるやうにて聞き集め、

耳とどめたまふ癖のつきたまへるを、

さうざうしき宵居など、はかなきついでに、

さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに、

かくわざとがましうのたまひわたれば、

「なまわづらはしく、女君の御ありさまも、

 世づかはしく、よしめきなどもあらぬを、

 なかなかなる導きに、いとほしき事や見えむなむ」

と思ひけれど、君のかうまめやかにのたまふに、

「聞き入れざらむも、ひがひがしかるべし。

 父親王おはしける折にだに、旧りにたるあたりとて、

 おとなひきこゆる人もなかりけるを、

 まして、今は浅茅分くる人も跡絶えたるに」。

かく世にめづらしき御けはひの、

漏りにほひくるをば、

なま女ばらなども笑み曲げて、

「なほ聞こえたまへ」

と、そそのかしたてまつれど、

あさましうものづつみしたまふ心にて、

ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり。

 

命婦は、

「さらば、さりぬべからむ折に、

物越しに聞こえたまはむほど、御心につかずは、

さても止みねかし。

また、さるべきにて、仮にもおはし通はむを、

とがめたまふべき人なし」

など、あだめきたるはやり心はうち思ひて、

父君にも、かかる事なども言はざりけり。

 

与謝野晶子訳】

秋になって、

夕顔の五条の家で聞いた砧《きぬた》の

耳についてうるさかったことさえ

恋しく源氏に思い出されるころ、

源氏はしばしば常陸の宮の女王へ手紙を送った。

返事のないことは秋の今も初めに変わらなかった。

あまりに人並みはずれな態度をとる女だと思うと、

負けたくないというような意地も出て、

命婦へ積極的に取り持ちを迫ることが多くなった。

 

「どんなふうに思っているのだろう。

 私はまだこんな態度を取り続ける女に出逢ったことはないよ」

不快そうに源氏の言うのを聞いて命婦も気の毒がった。

「私は格別この御縁はよろしくございませんとも言っておりませんよ。

 ただあまり内気過ぎる方で 男の方との交渉に手が出ないのでしょうと、

 お返事の来ないことを私はそう解釈しております」

「それがまちがっているじゃないか。

 とても年が若いとか、

 また親がいて自分の意志では何もできないというような人たちこそ、

 それがもっともだとは言えるが、

 あんな一人ぼっちの心細い生活をしている人というものは、

 異性の友だちを作って、

 それから優しい慰めを言われたり、

 自分のことも人に聞かせたりするのがよいことだと思うがね。

 私はもう面倒な結婚なんかどうでもいい。

 あの古い家を訪問して、

 気の毒なような荒れた縁側へ

 上がって話すだけのことをさせてほしいよ。

 あの人がよいと言わなくても、 

 ともかくも私をあの人に接近させるようにしてくれないか。

 気短になって取り返しのならないような行為に

 出るようなことは 断じてないだろう」

などと源氏は言うのであった。

 

女の噂《うわさ》を関心も持たないように聞いていながら、

その中のある者に特別な興味を持つような癖が源氏にできたころ、

源氏の宿直所《とのいどころ》のつれづれな夜話に、

命婦が何の気なしに語った常陸の宮の女王のことを

始終こんなふうに責任のあるもののように言われるのを

命婦は迷惑に思っていた。

女王の様子を思ってみると、

それが似つかわしいこととは仮にも思えないのであったから、

よけいな媒介役を勤めて、

結局女王を不幸にしてしまうのではないかとも思えたが、

源氏がきわめてまじめに言い出していることであったから、

同意のできない理由もまたない気がした。

常陸の太守の宮が御在世中でも

古い御代《みよ》の残りの宮様として世間は扱って、

御生活も豊かでなかった。

お訪ねする人などは その時代から皆無といってよい状態だったのだから、

今になってはまして草深い女王の邸へ 出入りしようとする者はなかった。

その家へ光源氏の手紙が来たのであるから、

女房らは一陽来復の夢を作って、女王に返事を書くことも勧めたが、

世間のあらゆる内気の人の中の最も引っ込み思案の女王は、

手紙に語られる源氏の心に触れてみる気も何もなかったのである。

 

命婦はそんなに源氏の望むことなら、

自分が手引きして物越しにお逢わせしよう、

お気に入らなければそれきりにすればいいし、

また縁があって情人関係になっても、

それを干渉して止める人は宮家にないわけであるなどと、

命婦自身が恋愛を軽いものとして考えつけている若い心に思って、

女王の兄にあたる自身の父にも話しておこうとはしなかった。

 

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源氏物語 第六帖 末摘花】

乳母子の大輔の命婦から亡き常陸宮の姫君の噂を聞いた源氏は、

「零落した悲劇の姫君」という幻想に憧れと好奇心を抱いて求愛した。

親友の頭中将とも競い合って逢瀬を果たしたものの、

彼女の対応の覚束なさは源氏を困惑させた。

さらにある雪の朝、

姫君の顔をのぞき見た光源氏はその醜さに仰天する。

その後もあまりに世間知らずな言動の数々に辟易しつつも、

源氏は彼女の困窮ぶりに同情し、

また素直な心根に見捨てられないものを感じて、

彼女の暮らし向きへ援助を行うようになった。

二条の自宅で源氏は鼻の赤い女人の絵を描き、

さらに自分の鼻にも赤い絵の具を塗って、

若紫と兄妹のように戯れるのだった。

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