源氏物語 第1帖 桐壺
その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。 作法世にめづらしきまで、もてかしづききこえたまへり。 いときびはにておはしたるを、 ゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり。 女君はすこし過ぐしたまへるほどに、 いと若うおはすれば、似げなく恥づかし…
この君の御童姿、 いと変へまうく思せど、 十二にて御元服したまふ。 居起ち思しいとなみて、 限りある事に事を添へさせたまふ。 一年の春宮の御元服、 南殿にてありし儀式、 よそほしかりし御響きに落とさせたまはず。 所々の饗など、 内蔵寮、穀倉院など、…
母后、 「あな恐ろしや。 春宮の女御のいとさがなくて、 桐壺の更衣の、 あらはにはかなくもてなされにし例もゆゆしう」と、 思しつつみて、 すがすがしうも思し立たざりけるほどに、 后も亡せたまひぬ。 心細きさまにておはしますに、 「ただ、わが女皇女た…
そのころ、高麗人の参れる中に、 かしこき相人ありけるを聞こし召して、 宮の内に召さむことは、 宇多の帝の御誡めあれば、 いみじう忍びて、 この御子を鴻臚館に遣はしたり。 御後見だちて仕うまつる右大弁の子のやうに思はせて 率てたてまつるに、相人驚き…
月も入りぬ。 「雲の上も涙にくるる秋の月 いかですむらむ浅茅生の宿」 思し召しやりつつ、灯火をかかげ尽くして起きおはします。 右近の司の宿直奏の声聞こゆるは、丑になりぬるなるべし。 人目を思して、夜の御殿に入らせたまひても、 まどろませたまふこ…
命婦は、 「まだ大殿籠もらせたまはざりける」と、 あはれに見たてまつる。 御前の壺前栽のいとおもしろき盛りなるを御覧ずるやうにて、 忍びやかに心にくき限りの女房四五人さぶらはせたまひて、 御物語せさせたまふなりけり。 このごろ、明け暮れ御覧ずる…
「暮れまどふ心の闇も堪へがたき片端をだに、 はるくばかりに聞こえまほしうはべるを、 私にも心のどかにまかでたまへ。 年ごろ、うれしく面だたしきついでにて立ち寄りたまひしものを、 かかる御消息にて見たてまつる、 返す返すつれなき命にもはべるかな。…
「今までとまりはべるがいと憂きを、 かかる御使の蓬生の露分け入りたまふにつけても、 いと恥づかしうなむ」 とて、げにえ堪ふまじく泣いたまふ。 「『参りては、いとど心苦しう、心肝も尽くるやうになむ』と、 典侍の奏したまひしを、 もの思うたまへ知ら…
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、 母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、 御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、 愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、 おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。 「むなしき御骸…
その年の夏、 御息所、はかなき心地にわづらひて、 まかでなむとしたまふを、 暇さらに許させたまはず。 年ごろ、常の篤しさになりたまへれば、御目馴れて、 「なほしばしこころみよ」 とのみのたまはするに、 日々に重りたまひて、 ただ五六日のほどにいと…
御局は桐壺なり。 あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、 ひまなき御前渡りに、 人の御心を尽くしたまふも、 げにことわりと見えたり。 参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、 打橋、渡殿のここかしこの道に、 あやしきわざをしつつ、 御送り迎への…
初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、 上衆めかしけれど、 わりなくまつはさせたまふあまりに、 さるべき御遊びの折々、 何事にもゆゑある事のふしぶしには、 まづ参う上らせたまふ。 ある時には大殿籠もり…
いづれの御時にか、 女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、 いとやむごとなき際にはあらぬが、 すぐれて時めきたまふありけり。 はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、 めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。 同じほど、それより下臈の更衣た…
ともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに、 「今日始むべき祈りども、 さるべき人びとうけたまはれる、今宵より」と、 聞こえ急がせば、 わりなく思ほしながらまかでさせたまふ。 御胸つとふたがりて、つゆまどろまれず、 明かしかねさせたまふ。 御使の…
まみなどもいとたゆげにて、 いとどなよなよと、 我かの気色にて臥したれば、 いかさまにと思し召しまどはる。 輦車の宣旨などのたまはせても、 また入らせたまひて、 さらにえ許させたまはず。 「限りあらむ道にも、後れ先立たじと、 契らせたまひけるを。 …
いとにほひやかにうつくしげなる人の、 いたう面痩せて、 いとあはれとものを思ひしみながら、 言に出でても聞こえやらず、 あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、 来し方行く末思し召されず、 よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、 …
かかる折にも、 あるまじき恥もこそと心づかひして、 御子をば留めたてまつりて、 忍びてぞ出でたまふ。 限りあれば、 さのみもえ留めさせたまはず、 御覧じだに送らぬおぼつかなさを、 言ふ方なく思ほさる。 こんな場合にはまたどんな呪詛《じゅそ》が行な…
その年の夏、 御息所、はかなき心地にわづらひて、 まかでなむとしたまふを、 暇さらに許させたまはず。 年ごろ、常の篤しさになりたまへれば、御目馴れて、 「なほしばしこころみよ」 とのみのたまはするに、 日々に重りたまひて、 ただ五六日のほどにいと…
この御子三つになりたまふ年、 御袴着のこと一の宮のたてまつりしに劣らず、 内蔵寮、納殿の物を尽くして、 いみじうせさせたまふ。 それにつけても、世の誹りのみ多かれど、 この御子のおよすげもておはする御容貌心ばへ ありがたくめづらしきまで見えたま…
御局は桐壺なり。 あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、 ひまなき御前渡りに、 人の御心を尽くしたまふも、 げにことわりと見えたり。 参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、 打橋、渡殿のここかしこの道に、 あやしきわざをしつつ、 御送り迎への…
初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、 上衆めかしけれど、 わりなくまつはさせたまふあまりに、 さるべき御遊びの折々、 何事にもゆゑある事のふしぶしには、 まづ参う上らせたまふ。 ある時には大殿籠もり…
唐土にも、かかる事の起りにこそ、 世も乱れあしかりけれと、 やうやう、天の下にも、 あぢきなう人のもてなやみぐさになりて、 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、 いとはしたなきこと多かれど、 かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ…
いづれの御時にか、 女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、 いとやむごとなき際にはあらぬが、 すぐれて時めきたまふありけり。 はじめより我はと思ひあがりたまへる御方々、 めざましきものにおとしめそねみたまふ。 同じほど、それより下臈の更衣たちは…
【源氏物語 桐壺 壱】現代語訳 源氏物語の朗読です。 リラックスしたい方、日本について学びたい方 におすすめです。 どの天皇様の御代《みよ》であったか、 女御《にょご》とか更衣《こうい》とかいわれる後宮《こうきゅう》がおおぜいいた中に、 最上の貴…