2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧
このほどは大殿にのみおはします。 なほいとかき絶えて、 思ふらむことのいとほしく御心にかかりて、 苦しく思しわびて、 紀伊守を召したり。 源氏 「かの、ありし中納言の子は、得させてむや。 らうたげに見えしを。 身近く使ふ人にせむ。 主上にも我奉らむ…
鶏も鳴きぬ。 人びと起き出でて、 供 「いといぎたなかりける夜かな」 供人 「御車ひき出でよ」 など言ふなり。 守も出で来て、 紀伊守 「女などの御方違へこそ。 夜深く急がせたまふべきかは」 など言ふもあり。 君は、 またかやうのついであらむこともいと…
源氏 「違ふべくもあらぬ心のしるべを、 思はずにもおぼめいたまふかな。 好きがましきさまには、 よに見えたてまつらじ。 思ふことすこし聞こゆべきぞ」 とて、いと小さやかなれば、 かき抱きて障子のもと、出でたまふにぞ、 求めつる中将だつ人来あひたる…
酔ひすすみて、 皆人びと簀子に臥しつつ、静まりぬ。 君は、とけても寝られたまはず、 いたづら臥しと思さるるに御目覚めて、 この北の障子のあなたに人のけはひするを、 「こなたや、かくいふ人の隠れたる方ならむ、 あはれや」 と御心とどめて、 やをら起…
女房 「いといたうまめだちて。 まだきに、やむごとなきよすが定まりたまへるこそ、 さうざうしかめれ」 女房 「されど、さるべき隈には、よくこそ、隠れ歩きたまふなれ」 など言ふにも、 思すことのみ心にかかりたまへば、まづ胸つぶれて、 「かやうのつい…
暗くなるほどに、 女房 「今宵、中神、内裏よりは塞がりてはべりけり」 と聞こゆ。 源氏 「さかし、例は忌みたまふ方なりけり。 二条の院にも同じ筋にて、いづくにか違へむ。 いと悩ましきに」 とて大殿籠もれり。 「いと悪しきことなり」 と、これかれ聞こ…
左馬頭 「すべて男も女も悪ろ者は、 わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ、 いとほしけれ。 三史五経、道々しき方を、 明らかに悟り明かさむこそ、愛敬なからめ、などかは、 女といはむからに、世にあることの公私につけて、 むげに知…
頭中将 「式部がところにぞ、けしきあることはあらむ。 すこしづつ語り申せ」 と責めらる。 式部丞 「下が下の中には、なでふことか、聞こし召しどころはべらむ」 と言へど、 頭の君、まめやかに「遅し」と責めたまへば、 何事をとり申さむと思ひめぐらすに…
頭中将 中将 「なにがしは、痴者の物語をせむ」 とて、 「いと忍びて見そめたりし人の、 さても見つべかりしけはひなりしかば、 ながらふべきものとしも思ひたまへざりしかど、 馴れゆくままに、あはれとおぼえしかば、 絶え絶え忘れぬものに思ひたまへしを…
左馬頭 「さて、また同じころ、まかり通ひし所は、 人も立ちまさり心ばせまことにゆゑありと見えぬべく、 うち詠み、走り書き、掻い弾く爪音、手つき口つき、 みなたどたどしからず、 見聞きわたりはべりき。 見る目もこともなくはべりしかば、 このさがな者…
憂きふしを 心ひとつに 数へきて こや君が手を 別るべきをり など、言ひしろひはべりしかど、 まことには変るべきこととも思ひたまへずながら、 日ごろ経るまで消息も遣はさず、 あくがれまかり歩くに、 臨時の祭の調楽に、 夜更けていみじう霙降る夜、 これ…
左馬頭 「はやう、まだいと下臈にはべりし時、 あはれと思ふ人はべりき。 聞こえさせつるやうに、 容貌などいとまほにもはべらざりしかば、 若きほどの好き心には、 この人をとまりにとも思ひとどめはべらず、 よるべとは思ひながら、 さうざうしくて、 とか…
ともかくも、違ふべきふしあらむを、 のどやかに見忍ばむよりほかに、 ますことあるまじかりけり」 馬頭、物定めの博士になりて、ひひらきゐたり。 中将は、このことわり聞き果てむと、 心入れて、あへしらひゐたまへり。 左馬頭 「よろづのことによそへて思…
左馬頭 「今は、ただ、品にもよらじ。 容貌をばさらにも言はじ。 いと口惜しくねぢけがましきおぼえだになくは、 ただひとへにものまめやかに、 静かなる心のおもむきならむよるべをぞ、 つひの頼み所には思ひおくべかりける。 あまりのゆゑよし心ばせうち添…
頭中将 「別人の言はむやうに、心得ず仰せらる」と、中将憎む。 左馬頭 「元の品、時世のおぼえうち合ひ、 やむごとなきあたりの内々のもてなしけはひ後れたらむは、 さらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、 言ふかひなくおぼゆべし。 うち合ひてすぐ…
「そこにこそ多く集へたまふらめ。 すこし見ばや。 さてなむ、この厨子も心よく開くべき」 とのたまへば、 〔頭中将〕 「御覧じ所あらむこそ、難くはべらめ」 など聞こえたまふついでに、 「女の、これはしもと難つくまじきは、難くもあるかなと、 やうやう…
光る源氏、名のみことことしう、 言ひ消たれたまふ咎多かなるに、 いとど、かかる好きごとどもを、 末の世にも聞き伝へて、軽びたる名をや流さむと、 忍びたまひける隠ろへごとをさへ、 語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ。 さるは、いといたく世を憚り、 …
その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。 作法世にめづらしきまで、もてかしづききこえたまへり。 いときびはにておはしたるを、 ゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり。 女君はすこし過ぐしたまへるほどに、 いと若うおはすれば、似げなく恥づかし…
この君の御童姿、 いと変へまうく思せど、 十二にて御元服したまふ。 居起ち思しいとなみて、 限りある事に事を添へさせたまふ。 一年の春宮の御元服、 南殿にてありし儀式、 よそほしかりし御響きに落とさせたまはず。 所々の饗など、 内蔵寮、穀倉院など、…
母后、 「あな恐ろしや。 春宮の女御のいとさがなくて、 桐壺の更衣の、 あらはにはかなくもてなされにし例もゆゆしう」と、 思しつつみて、 すがすがしうも思し立たざりけるほどに、 后も亡せたまひぬ。 心細きさまにておはしますに、 「ただ、わが女皇女た…
そのころ、高麗人の参れる中に、 かしこき相人ありけるを聞こし召して、 宮の内に召さむことは、 宇多の帝の御誡めあれば、 いみじう忍びて、 この御子を鴻臚館に遣はしたり。 御後見だちて仕うまつる右大弁の子のやうに思はせて 率てたてまつるに、相人驚き…
月も入りぬ。 「雲の上も涙にくるる秋の月 いかですむらむ浅茅生の宿」 思し召しやりつつ、灯火をかかげ尽くして起きおはします。 右近の司の宿直奏の声聞こゆるは、丑になりぬるなるべし。 人目を思して、夜の御殿に入らせたまひても、 まどろませたまふこ…
命婦は、 「まだ大殿籠もらせたまはざりける」と、 あはれに見たてまつる。 御前の壺前栽のいとおもしろき盛りなるを御覧ずるやうにて、 忍びやかに心にくき限りの女房四五人さぶらはせたまひて、 御物語せさせたまふなりけり。 このごろ、明け暮れ御覧ずる…
「暮れまどふ心の闇も堪へがたき片端をだに、 はるくばかりに聞こえまほしうはべるを、 私にも心のどかにまかでたまへ。 年ごろ、うれしく面だたしきついでにて立ち寄りたまひしものを、 かかる御消息にて見たてまつる、 返す返すつれなき命にもはべるかな。…
「今までとまりはべるがいと憂きを、 かかる御使の蓬生の露分け入りたまふにつけても、 いと恥づかしうなむ」 とて、げにえ堪ふまじく泣いたまふ。 「『参りては、いとど心苦しう、心肝も尽くるやうになむ』と、 典侍の奏したまひしを、 もの思うたまへ知ら…
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、 母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、 御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、 愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、 おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。 「むなしき御骸…
その年の夏、 御息所、はかなき心地にわづらひて、 まかでなむとしたまふを、 暇さらに許させたまはず。 年ごろ、常の篤しさになりたまへれば、御目馴れて、 「なほしばしこころみよ」 とのみのたまはするに、 日々に重りたまひて、 ただ五六日のほどにいと…
御局は桐壺なり。 あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、 ひまなき御前渡りに、 人の御心を尽くしたまふも、 げにことわりと見えたり。 参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、 打橋、渡殿のここかしこの道に、 あやしきわざをしつつ、 御送り迎への…
初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、 上衆めかしけれど、 わりなくまつはさせたまふあまりに、 さるべき御遊びの折々、 何事にもゆゑある事のふしぶしには、 まづ参う上らせたまふ。 ある時には大殿籠もり…
いづれの御時にか、 女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、 いとやむごとなき際にはあらぬが、 すぐれて時めきたまふありけり。 はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、 めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。 同じほど、それより下臈の更衣た…