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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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複雑な思いの空蝉 薄衣を手放そうとしない源氏【源氏物語 34 第3帖 空蝉5】かの薄衣は、小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近くならして見ゐたまへり。

 小君、

 御車の後にて、二条院におはしましぬ。

 ありさまのたまひて、

 源氏

「幼かりけり」

 とあはめたまひて、

 かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ。

 いとほしうて、ものもえ聞こえず。

 源氏

「いと深う憎みたまふべかめれば、

 身も憂く思ひ果てぬ。

 などか、よそにても、

 なつかしき答へばかりはしたまふまじき。

 伊予介に劣りける身こそ」

 など、心づきなしと思ひてのたまふ。

 ありつる小袿を、

 さすがに、御衣の下に引き入れて、

 大殿籠もれり。

 小君を御前に臥せて、

 よろづに恨み、かつは、語らひたまふ。

 源氏

「あこは、らうたけれど、

 つらきゆかりにこそ、え思ひ果つまじけれ」

 とまめやかにのたまふを、

 いとわびしと思ひたり。

 しばしうち休みたまへど、

 寝られたまはず。

 御硯急ぎ召して、

 さしはへたる御文にはあらで、

 畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ。

 源氏

「空蝉の 身をかへてける 木のもとに

 なほ人がらの なつかしきかな」

 と書きたまへるを、

 懐に引き入れて持たり。

 かの人もいかに思ふらむと、

 いとほしけれど、

 かたがた思ほしかへして、御ことづけもなし。

 かの薄衣は、

 小袿のいとなつかしき人香に染めるを、

 身近くならして見ゐたまへり。

 

 小君、かしこに行きたれば、

 姉君待ちつけて、いみじくのたまふ。

 空蝉

「あさましかりしに、とかう紛らはしても、

 人の思ひけむことさりどころなきに、

 いとなむわりなき。

 いとかう心幼きを、かつはいかに思ほすらむ」

 とて、恥づかしめたまふ。

 左右に苦しう思へど、

 かの御手習取り出でたり。

 さすがに、取りて見たまふ。

 

 かのもぬけを、

 いかに、伊勢をの海人のしほなれてや、

 など思ふもただならず、

 いとよろづに乱れて。

 

 西の君も、

 もの恥づかしき心地してわたりたまひにけり。

 また知る人もなきことなれば、

 人知れずうちながめてゐたり。

 小君の渡り歩くにつけても、

 胸のみ塞がれど、御消息もなし。

 あさましと思ひ得る方もなくて、

 されたる心に、ものあはれなるべし。

 

 つれなき人も、さこそしづむれ、

 いとあさはかにもあらぬ御気色を、

 ありしながらのわが身ならばと、

 取り返すものならねど、

 忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、

空蝉

「空蝉の 羽に置く露の 木隠れて

 忍び忍びに 濡るる袖かな」

 

小君を車のあとに乗せて、

源氏は二条の院へ帰った。

その人に逃げられてしまった今夜の始末を源氏は話して、

おまえは子供だ、やはりだめだと言い、

その姉の態度があくまで恨めしいふうに語った。

気の毒で小君は何とも返辞をすることができなかった。

 

「姉さんは私をよほどきらっているらしいから、

 そんなにきらわれる自分がいやになった。

 そうじゃないか、

 せめて話すことぐらいはしてくれてもよさそうじゃないか。

 私は伊予介よりつまらない男に違いない」

恨めしい心から、こんなことを言った。

そして持って来た薄い着物を寝床の中へ入れて寝た。

小君をすぐ前に寝させて、恨めしく思うことも、

恋しい心持ちも言っていた。

 

「おまえはかわいいけれど、恨めしい人の弟だから、

 いつまでも私の心がおまえを愛しうるかどうか」

まじめそうに源氏がこう言うのを聞いて小君はしおれていた。

しばらく目を閉じていたが源氏は寝られなかった。

起きるとすぐに硯《すずり》を取り寄せて

手紙らしい手紙でなく無駄書きのようにして書いた。

『空蝉の 身をかへてける 木《こ》のもとに

 なほ人がらの なつかしきかな』

この歌を渡された小君は懐《ふところ》の中へよくしまった。

あの娘へも何か言ってやらねばと源氏は思ったが、

いろいろ考えた末に手紙を書いて小君に託することはやめた。

あの薄衣《うすもの》は小袿《こうちぎ》だった。

なつかしい気のする匂《にお》いが深くついているのを

源氏は自身のそばから離そうとしなかった。

 

小君が姉のところへ行った。

空蝉は待っていたようにきびしい小言《こごと》を言った。

「ほんとうに驚かされてしまった。

 私は隠れてしまったけれど、

 だれがどんなことを想像するかもしれないじゃないの。

 あさはかなことばかりするあなたを、

 あちらではかえって軽蔑なさらないかと心配する」

源氏と姉の中に立って、

どちらからも受ける小言の多いことを

小君は苦しく思いながらことづかった歌を出した。

さすがに中をあけて空蝉は読んだ。

 

抜け殻《がら》にして源氏に取られた小袿が、

見苦しい着古しになっていなかったろうかなどと思いながらも

その人の愛が身に沁《し》んだ。

空蝉のしている煩悶《はんもん》は複雑だった。

 

西の対の人(軒端荻)も今朝《けさ》は

恥ずかしい気持ちで帰って行ったのである。

一人の女房すらも気のつかなかった事件であったから、

ただ一人で物思いをしていた。

小君が家の中を往来《ゆきき》する影を見ても

胸をおどらせることが多いにもかかわらず

手紙はもらえなかった。

これを男の冷淡さからとはまだ考えることができないのであるが、

蓮葉《はすっぱ》な心にも

《うれい》を覚える日があったであろう。

 

冷静を装っていながら空蝉も、

源氏の真実が感ぜられるにつけて、

娘の時代であったならと

かえらぬ運命が悲しくばかりなって、

源氏から来た歌の紙の端に、

『うつせみの 羽《は》に置く露の 木《こ》隠れて

 忍び忍びに 濡《ぬ》るる袖《そで》かな』

‥人目に隠れてひっそり涙に濡れる私の袖です‥

こんな歌を書いていた。

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