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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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夕顔を失い 悲しみのあまり落馬する源氏【源氏物語 51 第4帖 夕顔17】 床に臥し衰弱。帝のご心痛をもったいなく思う。

惟光、

「夜は、明け方になりはべりぬらむ。

 はや帰らせたまひなむ」

と聞こゆれば、返りみのみせられて、

胸もつと塞がりて出でたまふ。

 

道いと露けきに、いとどしき朝霧に、

いづこともなく惑ふ心地したまふ。

ありしながらうち臥したりつるさま、

うち交はしたまへりしが、

我が御紅の御衣の着られたりつるなど、

いかなりけむ契りにかと道すがら思さる。

 

御馬にも、

はかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、

また、

惟光添ひ助けておはしまさするに、

堤のほどにて、

御馬よりすべり下りて、

いみじく御心地惑ひければ、

「かかる道の空にて、

 はふれぬべきにやあらむ。

 さらに、え行き着くまじき心地なむする」

とのたまふに、

惟光心地惑ひて、

「我がはかばかしくは、

 さのたまふとも、

 かかる道に率て出でたてまつるべきかは」

と思ふに、

いと心あわたたしければ、

川の水に手を洗ひて、

清水の観音を念じたてまつりても、

すべなく思ひ惑ふ。

 

君も、しひて御心を起こして、

心のうちに仏を念じたまひて、

また、とかく助けられたまひてなむ、

二条院へ帰りたまひける。

 

あやしう夜深き御歩きを、

人びと、

「見苦しきわざかな。

 このごろ、

 例よりも静心なき御忍び歩きの、

 しきるなかにも、昨日の御気色の、

 いと悩ましう思したりしに。

 いかでかく、たどり歩きたまふらむ」

と、嘆きあへり。

 

まことに、臥したまひぬるままに、

いといたく苦しがりたまひて、

二、三日になりぬるに、

むげに弱るやうにしたまふ。

 

内裏にも、聞こしめし、

嘆くこと限りなし。

御祈り、方々に隙なくののしる。

祭、祓、修法など、

言ひ尽くすべくもあらず。

世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、

世に長くおはしますまじきにやと、

天の下の人の騷ぎなり。

 

苦しき御心地にも、

かの右近を召し寄せて、

局など近くたまひて、さぶらはせたまふ。

惟光、心地も騒ぎ惑へど、

思ひのどめて、

この人のたづきなしと思ひたるを、

もてなし助けつつさぶらはす。

 

君は、いささか隙ありて思さるる時は、

召し出でて使ひなどすれば、

ほどなく交じらひつきたり。

服、いと黒くして、

容貌などよからねど、

かたはに見苦しからぬ若人なり。

 

「あやしう短かかりける御契りにひかされて、

 我も世にえあるまじきなめり。

 年ごろの頼み失ひて、

 心細く思ふらむ慰めにも、

 もしながらへば、

 よろづに育まむとこそ思ひしか、

 ほどなくまたたち添ひぬべきが、

 口惜しくもあるべきかな」

と、忍びやかにのたまひて、

弱げに泣きたまへば、

言ふかひなきことをばおきて、

「いみじく惜し」

と思ひきこゆ。


殿のうちの人、

足を空にて思ひ惑ふ。

内裏より、御使、

雨の脚よりもけにしげし。

思し嘆きおはしますを聞きたまふに、

いとかたじけなくて、

せめて強く思しなる。

 

「もう明け方に近いころだと思われます。

 早くお帰りにならなければいけません」

惟光《これみつ》がこう促すので、

源氏は顧みばかりがされて、

胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。

 

露の多い路《みち》に厚い朝霧が立っていて、

このままこの世でない国へ行くような寂しさが味わわれた。

某院の閨《ねや》にいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、

その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣にまだ巻かれていたこと、

などを思って、

全体あの人と自分はどんな前生の因縁があったのであろうと、

こんなことを途々《みちみち》源氏は思った。

 

馬をはかばかしく御して行けるふうでもなかったから、

惟光が横に添って行った。

加茂川堤に来てとうとう源氏は落馬したのである。

失心したふうで、

「家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろう。

 二条の院まではとうてい行けない気がする」

と言った。

惟光の頭も混乱状態にならざるをえない。

自分が確《しか》とした人間だったら、

あんなことを源氏がお言いになっても、

軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。

川の水で手を洗って清水《きよみず》の観音を拝みながらも、

どんな処置をとるべきだろうと煩悶《はんもん》した。

 

源氏もしいて自身を励まして、

心の中で御仏《みほとけ》を念じ、

そして惟光たちの助けも借りて二条の院へ行き着いた。

 

毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、

「見苦しいことですね、

 近ごろは平生よりもよく微行《おしのび》をなさる中でも

 昨日《きのう》はたいへんお加減が悪いふうだったでしょう。

 そんなでおありになってまたお出かけになったりなさるのですから、

 困ったことですね」

こんなふうに歎息《たんそく》をしていた。

 

源氏自身が予言をしたとおりに、

それきり床について煩ったのである。

重い容体が二、三日続いたあとは

また甚《はなはだ》しい衰弱が見えた。

 

源氏の病気を聞こし召した帝《みかど》も

非常に御心痛あそばされて

あちらでもこちらでも間断なく祈祷《きとう》が行なわれた。

特別な神の祭り、祓《はら》い、修法《しゅほう》などである。

何にもすぐれた源氏のような人は

あるいは短命で終わるのではないかといって、

一天下の人がこの病気に関心を持つようにさえなった。

 

病床にいながら源氏は右近を二条の院へ伴わせて、

部屋《へや》なども近い所へ与えて、

手もとで使う女房の一人にした。

惟光《これみつ》は源氏の病の重いことに

顛倒《てんとう》するほどの心配をしながら、

じっとその気持ちをおさえて、

馴染《なじみ》のない女房たちの中へ

はいった右近のたよりなさそうなのに同情してよく世話をしてやった。

 

源氏の病の少し楽に感ぜられる時などには、

右近を呼び出して居間の用などをさせていたから、

右近はそのうち二条の院の生活に馴《な》れてきた。

濃い色の喪服を着た右近は、

容貌《ようぼう》などはよくもないが、

見苦しくも思われぬ若い女房の一人と見られた。

 

「運命があの人に授けた短い夫婦の縁から、

 その片割れの私ももう長くは生きていないのだろう。

 長い間たよりにしてきた主人に別れたおまえが、

 さぞ心細いだろうと思うと、

 せめて私に命があれば、

 あの人の代わりの世話をしたいと思ったこともあったが、

 私もあの人のあとを追うらしいので、

 おまえには気の毒だね」

と、ほかの者へは聞かせぬ声で言って、

弱々しく泣く源氏を見る右近は、

女主人に別れた悲しみは別として、

源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。

二条の院の男女はだれも静かな心を失って

主人の病を悲しんでいるのである。

 

御所のお使いは雨の脚《あし》よりもしげく参入した。

帝の御心痛が非常なものであることを聞く源氏は、

もったいなくて、

そのことによって病から脱しようとみずから励むようになった。

 

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