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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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【源氏物語 47 第4帖 夕顔13】苦しく辛い夜が明け 惟光が来た。表沙汰にならぬよう 夕顔の亡骸を東山の寺に移す。源氏は嘆き悲しむ

火はほのかにまたたきて、

母屋の際に立てたる屏風の上、

ここかしこの隈々しくおぼえたまふに、

物の足音、

ひしひしと踏み鳴らしつつ、

後ろより寄り来る心地す。

 「惟光、とく参らなむ」

と思す。

 

ありか定めぬ者にて、

ここかしこ尋ねけるほどに、

夜の明くるほどの久しさは、

千夜を過ぐさむ心地したまふ。

 

からうして、鶏の声はるかに聞こゆるに、

 「命をかけて、何の契りに、かかる目を見るらむ。

  我が心ながら、かかる筋に、

 おほけなくあるまじき心の報いに、かく、

 来し方行く先の例となりぬべきことはあるなめり。

 忍ぶとも、世にあること隠れなくて、

 内裏に聞こし召さむをはじめて、

 人の思ひ言はむこと、

 よからぬ童べの口ずさびになるべきなめり。

 ありありて、をこがましき名をとるべきかな」

と、思しめぐらす。

 

からうして、惟光朝臣参れり。

夜中、暁といはず、御心に従へる者の、

今宵しもさぶらはで、

召しにさへおこたりつるを、

憎しと思すものから、召し入れて、

のたまひ出でむことのあへなきに、

ふとも物言はれたまはず。

 

右近、大夫のけはひ聞くに、

初めよりのこと、

うち思ひ出でられて泣くを、

君もえ堪へたまはで、

我一人さかしがり抱き持たまへりけるに、

この人に息をのべたまひてぞ、

悲しきことも思されける、

とばかり、いといたく、

えもとどめず泣きたまふ。

ややためらひて、

「ここに、いとあやしきことのあるを、

  あさましと言ふにもあまりてなむある。

  かかるとみの事には、

  誦経などをこそはすなれとて、

  その事どももせさせむ。

  願なども立てさせむとて、

  阿闍梨ものせよ、

  と言ひつるは」

とのたまふに、

 「昨日、山へまかり上りにけり。

  まづ、いとめづらかなることにもはべるかな。

  かねて、

  例ならず御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ」

 

 「さることもなかりつ」

とて、

泣きたまふさま、

いとをかしげにらうたく、

見たてまつる人もいと悲しくて、

おのれもよよと泣きぬ。

 

さいへど、年うちねび、

世の中のとあることと、

しほじみぬる人こそ、

もののをりふしは頼もしかりけれ、

いづれいづれも若きどちにて、

言はむ方もなけれど、

 「この院守などに聞かせむことは、

  いと便なかるべし。

  この人一人こそ睦しくもあらめ、

  おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ。

  まづ、この院を出でおはしましね」

と言ふ。

 

 「さて、これより人少ななる所はいかでかあらむ」

とのたまふ。

 「げに、さぞはべらむ。

  かの故里は、女房などの、悲しびに堪へず、

  泣き惑ひはべらむに、隣しげく、

  とがむる里人多くはべらむに、

  おのづから聞こえはべらむを、

  山寺こそ、なほかやうのこと、

  おのづから行きまじり、

  物紛るることはべらめ」

と、思ひまはして、

   「昔、見たまへし女房の、

   尼にてはべる東山の辺に、

   移したてまつらむ。

   惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の、

   みづはぐみて住みはべるなり。

   辺りは、人しげきやうにはべれど、

   いとかごかにはべり」

と聞こえて、

明けはなるるほどの紛れに、

御車寄す。

 

灯はほのかに瞬《またた》いて、

中央の室との仕切りの所に立てた屏風の上とか、

室の中の隅々《すみずみ》とか、

暗いところの見えるここへ、

後ろからひしひしと足音をさせて

何かが寄って来る気がしてならない、

惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。

 

彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、

使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに

夜がぼつぼつ明けてきた。

この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。

 

やっとはるかな所で鳴く鶏の声がしてきたのを聞いて、

ほっとした源氏は、

こんな危険な目にどうして自分はあうのだろう、

自分の心ではあるが恋愛についてはもったいない、

思うべからざる人を思った報いに、

こんな後《あと》にも前《さき》にもない例となるような

みじめな目にあうのであろう、

隠してもあった事実はすぐに噂になるであろう、

陛下の思召しをはじめとして人が何と批評することだろう、

世間の嘲笑が自分の上に集まることであろう、

とうとうついにこんなことで

自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。

 

やっと惟光《これみつ》が出て来た。

夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、

今夜に限ってそばにおらず、

呼びにやってもすぐの間に合わず、

時間のおくれたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。

孤独の悲しみを救う手は惟光にだけあることを源氏は知っている。

惟光をそばへ呼んだが、

自分が今言わねばならぬことが

あまりにも悲しいものであることを思うと、

急には言葉が出ない。

 

右近は隣家の惟光が来た気配に、

亡き夫人と源氏との交渉の最初の時から今日までが

連続的に思い出されて泣いていた。

源氏も今までは自身一人が強い人になって

右近を抱きかかえていたのであったが、

惟光の来たのにほっとすると同時に、

はじめて心の底から大きい悲しみが湧き上がってきた。

非常に泣いたのちに源氏は躊躇しながら言い出した。

「奇怪なことが起こったのだ。

 驚くという言葉では現わせないような驚きをさせられた。

 人のからだにこんな急変があったりする時には、

 僧家へ物を贈って読経《どきょう》をしてもらうものだそうだから、

 それをさせよう、願を立てさせようと思って

 阿闍梨あじゃり》も来てくれと言ってやったのだが、

 どうした」

 

「昨日 叡山《えいざん》へ帰りましたのでございます。

 まあ何ということでございましょう、奇怪なことでございます。

 前から少しはおからだが悪かったのでございますか」

「そんなこともなかった」

と言って泣く源氏の様子に、

惟光も感動させられて、

この人までが声を立てて泣き出した。

 

老人はめんどうなものとされているが、

こんな場合には、

年を取っていて世の中のいろいろな経験を持っている人が

頼もしいのである 。

源氏も右近も惟光も皆若かった。

どう処置をしていいのか手が出ないのであったが、

やっと惟光が、

「この院の留守役などに真相を知らせることはよくございません。

 当人だけは信用ができましても、

 秘密のもれやすい家族を持っていましょうから。

 ともかくもここを出ていらっしゃいませ」

と言った。

 

「でもここ以上に人の少ない場所はほかにないじゃないか」

「それはそうでございます。

 あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎをするでしょう、

 多い小家の近所隣へそんな声が聞こえますと

 たちまち世間へ知れてしまいます、

 山寺と申すものは

 こうした死人などを取り扱いなれておりましょうから、

 人目を紛らすのには都合がよいように思われます」

考えるふうだった惟光は、

「昔知っております女房が

 尼になって住んでいる家が 東山にございますから、

 そこへお移しいたしましょう。

 私の父の乳母《めのと》をしておりまして、

 今は老人《としより》になっている者の家でございます。

 東山ですから人がたくさん行く所のようではございますが、

 そこだけは閑静です」

と言って、

夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ寄せさせた。

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