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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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物言わぬ亡骸となった夕顔【源氏物語 46 第4帖 夕顔 12】 夕顔の女君の身体は冷たく 息は絶えている。源氏が枕元に夢で見た女が見え、そしてすっと消えた

「いとうたて、乱り心地の悪しうはべれば、

 うつぶし臥してはべるや。

 御前にこそわりなく思さるらめ」

と言へば、

 「そよ。などかうは」

とて、かい探りたまふに、

息もせず。

引き動かしたまへど、なよなよとして、

我にもあらぬさまなれば、

「いといたく若びたる人にて、

 物にけどられぬるなめり」と、

せむかたなき心地したまふ。

 

紙燭持て参れり。

右近も動くべきさまにもあらねば、

近き御几帳を引き寄せて、

 「なほ持て参れ」

とのたまふ。

 

例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬ、

つつましさに、長押にもえ上らず。

 「なほ持て来や、所に従ひてこそ」

とて、召し寄せて見たまへば、

ただこの枕上に、

夢に見えつる容貌したる女、

面影に見えて、

ふと消え失せぬ。

 

「昔の物語などにこそ、かかることは聞け」

と、いとめづらかにむくつけけれど、

まづ、

「この人いかになりぬるぞ」

と思ほす心騒ぎに、

身の上も知られたまはず、

添ひ臥して、

「やや」と、

おどろかしたまへど、

ただ冷えに冷え入りて、

息は疾く絶え果てにけり。

 

言はむかたなし。

頼もしく、

いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。

法師などをこそは、

かかる方の頼もしきものには思すべけれど。

さこそ強がりたまへど、

若き御心にて、

いふかひなくなりぬるを見たまふに、

やるかたなくて、

つと抱きて、

 「あが君、生き出でたまへ。

  いといみじき目な見せたまひそ」

とのたまへど、

冷え入りにたれば、

けはひものうとくなりゆく。

 

右近は、ただ

「あな、むつかし」

と思ひける心地みな冷めて、

泣き惑ふさまいといみじ。

南殿の鬼の、

なにがしの大臣脅やかしけるたとひを思し出でて、

心強く、

 「さりとも、いたづらになり果てたまはじ。

  夜の声はおどろおどろし。あなかま」

と諌めたまひて、

いとあわたたしきに、

あきれたる心地したまふ。

 

この男を召して、

 「ここに、いとあやしう、

  物に襲はれたる人のなやましげなるを、

  ただ今、惟光朝臣の宿る所にまかりて、

  急ぎ参るべきよし言へ、と仰せよ。

  なにがし阿闍梨

  そこにものするほどならば、

  ここに来べきよし、忍びて言へ。

  かの尼君などの聞かむに、

  おどろおどろしく言ふな。

  かかる歩き許さぬ人なり」

など、物のたまふやうなれど、

胸塞がりて、

この人を空しくしなしてむことのいみじく思さるるに添へて、

大方のむくむくしさ、

たとへむ方なし。

 

夜中も過ぎにけむかし、

風のやや荒々しう吹きたるは。

まして、松の響き、木深く聞こえて、

気色ある鳥のから声に鳴きたるも、

「梟」はこれにやとおぼゆ。

うち思ひめぐらすに、

こなたかなた、

けどほく疎ましきに、

人声はせず、

「などて、かくはかなき宿りは取りつるぞ」

と、悔しさもやらむ方なし。

 

右近は、物もおぼえず、

君につと添ひたてまつりて、

わななき死ぬべし。

「また、これもいかならむ」と、

心そらにて捉へたまへり。

我一人さかしき人にて、

思しやる方ぞなきや。

 

「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。

  奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」

「そうだ、なぜこんなにばかりして」

と言って、

手で探ると夕顔は息もしていない。

動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、

若々しい弱い人であったから、

何かの物怪《もののけ》にこうされているのであろうと思うと、

源氏は歎息《たんそく》されるばかりであった。

 

蝋燭《ろうそく》の明りが来た。

右近には立って行くだけの力がありそうもないので、

閨《ねや》に近い几帳《きちょう》を引き寄せてから、

「もっとこちらへ持って来い」

と源氏は言った。

 

主君の寝室の中へはいるという

まったくそんな不謹慎な行動をしたことがない 滝口は

座敷の上段になった所へもよう来ない。

「もっと近くへ持って来ないか。

 どんなことも場所によることだ」

灯《ひ》を近くへ取って見ると、

この閨の枕の近くに

源氏が夢で見たとおりの容貌をした女が見えて、

そしてすっと消えてしまった。

 

昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、

実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、

恋人はどうなったかという不安が先に立って、

自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、

「ちょいと」

と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、

夕顔のからだは冷えはてていて、

息はまったく絶えているのである。

 

頼りにできる相談相手もない。

坊様などはこんな時の力になるものであるが

そんな人もむろんここにはいない。

右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、

若いこの人は、

恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、

じっと抱いて、

「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」  

と言っていたが、

恋人のからだはますます冷たくて、

すでに人ではなく遺骸《いがい》であるという感じが強くなっていく。

 

右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。

紫宸殿《ししんでん》に出て来た鬼は

貞信公《ていしんこう》を威嚇《いかく》したが、

その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、

源氏はしいて強くなろうとした。

「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。

  夜というものは声を大きく響かせるから、

  そんなに泣かないで」

と源氏は右近に注意しながらも、

恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと

呆然となるばかりであった。

 

滝口を呼んで、

「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、

 すぐに惟光朝臣《これみつあそん》の泊まっている家に行って、

早く来るように言えとだれかに命じてくれ。

兄の阿闍梨あじゃり》がそこに来ているのだったら、

それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。

母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、

たいそうには言わせないように。

あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」

こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、

胸は詰まるようで、

恋人を死なせることの悲しさが

たまらないものに思われるのといっしょに、

あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。

 

もう夜中過ぎになっているらしい。

風がさっきより強くなってきて、

それに鳴る松の枝の音は、

それらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、

一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、

梟《ふくろう》とはこれであろうかと思われた。

考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へ

なぜ自分は泊まりに来たのであろうと、

源氏は後悔の念もしきりに起こる。

 

右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、

このまま慄《ふる》え死にをするのでないかと思われた。

それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近をつかまえていた。

一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、

自身一人だけが普通の人間なのであると思うと

源氏はたまらない気がした。

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