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源氏物語&古典文学を聴く🪷〜少納言チャンネル&古文🌿

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なにがしの院に行く源氏【源氏物語 夕顔42 第4帖 8】そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて‥

白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、

はなやかならぬ姿、

いとらうたげにあえかなる心地して、

そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、

細やかにたをたをとして、

ものうち言ひたるけはひ、

「あな、心苦し」と、

ただいとらうたく見ゆ。

心ばみたる方をすこし添へたらば、

と見たまひながら、

なほうちとけて見まほしく思さるれば、

「いざ、ただこのわたり近き所に、

 心安くて明かさむ。

 かくてのみは、いと苦しかりけり」

とのたまへば、

「いかでか。にはかならむ」

と、いとおいらかに言ひてゐたり。

 

この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、

うちとくる心ばへなど、

あやしくやう変はりて、

世馴れたる人ともおぼえねば、

人の思はむ所もえ憚りたまはで、

右近を召し出でて、

随身を召させたまひて、

御車引き入れさせたまふ。

このある人びとも、

かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、

おぼめかしながら、

頼みかけきこえたり。

 

明け方も近うなりにけり。

鶏の声などは聞こえで、

御嶽精進にやあらむ、

ただ翁びたる声にぬかづくぞ聞こゆる。

起ち居のけはひ、堪へがたげに行ふ。

いとあはれに、

「朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか」と、

聞きたまふ。

「南無当来導師」とぞ拝むなる。

「かれ、聞きたまへ。この世とのみは思はざりけり」と、

あはれがりたまひて、

「優婆塞が行ふ道をしるべにて

 来む世も深き契り違ふな」

長生殿の古き例はゆゆしくて、

翼を交さむとは引きかへて、

弥勒の世をかねたまふ。

行く先の御頼め、いとこちたし。

 

「前の世の契り知らるる身の憂さに

 行く末かねて頼みがたさよ」

かやうの筋なども、

さるは、心もとなかめり。

いさよふ月に、

ゆくりなくあくがれむことを、

女は思ひやすらひ、

とかくのたまふほど、

にはかに雲隠れて、

明け行く空いとをかし。

 

はしたなきほどにならぬ先にと、

例の急ぎ出でたまひて、

軽らかにうち乗せたまへれば、

右近ぞ乗りぬる。

そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて‥

 

白い袷《あわせ》に柔らかい淡紫《うすむらさき》を重ねた

はなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、

どこかきわだって非常によいというところはないが

繊細な感じのする美人で、

ものを言う様子に弱々しい可憐さが十分にあった。

才気らしいものを少しこの人に添えたらと

源氏は批評的に見ながらも、

もっと深くこの人を知りたい気がして、

「さあ出かけましょう。

 この近くのある家へ行って、

 気楽に明日まで話しましょう。

 こんなふうでいつも暗い間に

 別れていかなければならないのは苦しいから」

と言うと、

「どうしてそんなに急なことをお言い出しになりますの」

おおように夕顔は言っていた。

 

変わらぬ恋を死後の世界にまで続けようと

源氏の誓うのを見ると

何の疑念もはさまずに信じてよろこぶ様子などのうぶさは、

一度結婚した経験のある女とは思えないほど可憐であった。

源氏はもうだれの思わくもはばかる気がなくなって、

右近《うこん》に随身を呼ばせて、

車を庭へ入れることを命じた。

夕顔の女房たちも、

この通う男が女主人を深く愛していることを知っていたから、

だれともわからずにいながら相当に信頼していた。

 

ずっと明け方近くなってきた。

この家に鶏《とり》の声は聞こえないで、

現世 利益《りやく》の御岳教《みたけきょう》の信心なのか、

老人らしい声で、起《た》ったりすわったりして、

とても忙しく苦しそうにして祈る声が聞かれた。

源氏は身にしむように思って、

朝露と同じように短い命を持つ人間が、

この世に何の慾《よく》を持って

祈祷《きとう》などをするのだろうと聞いているうちに、

「南無《なむ》当来の導師」

阿弥陀如来《あみだにょらい》を呼びかけた。

「そら聞いてごらん。現世利益だけが目的じゃなかった」

 とほめて、

『優婆塞《うばそく》が 行なふ道を しるべにて

 来ん世も 深き契りたがふな』

とも言った。

玄宗《げんそう》と楊貴妃《ようきひ》の

七月七日の長生殿の誓いは実現されない空想であったが、

五十六億七千万年後の弥勒菩薩《みろくぼさつ》出現の世までも

変わらぬ誓いを源氏はしたのである。

 

『前《さき》の世の 契り知らるる 身のうさに

 行く末かけて 頼みがたさよ』

と女は言った。

歌を詠む才なども豊富であろうとは思われない。

月夜に出れば

月に誘惑されて行って帰らないことがあるということを思って

出かけるのを躊躇《ちゅうちょ》する夕顔に、

源氏はいろいろに言って同行を勧めているうちに

月もはいってしまって東の空の白む秋の しののめが始まってきた。

 

人目を引かぬ間にと思って源氏は出かけるのを急いだ。

女のからだを源氏が軽々と抱いて

車に乗せ右近が同乗したのであった。

五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。

 

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